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TSUKUBA FUTURE #126:食べ物のおいしさを、食べずに評価する

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生命環境系 粉川 美踏 准教授

 糖度18度以上のプレミアムメロン――こんな表示を見たことはありませんか。スイカなどでも糖度表示は一般的で、消費者が購入する際の判断材料になっています。でも、食べてもいないのに、どうしてメロンやスイカの甘さが分かるのでしょうか。


粉川准教授
研究室の学生たちと。
さまざまな調理用具も研究に欠かせません。

 それを実現しているのが、非破壊評価と呼ばれる技術です。
 例えば、メロンやスイカの糖度判定には近赤外線という光が使われます。糖にはこの近赤外線を吸収する性質があります。メロンやスイカに近赤外線を照射し、どれだけ果実を透過してくるかを測定します。光の透過量が少ないほど、つまり吸収量が多いほど、果実は糖分を多く含んでいるということになります。

 粉川さんは学生時代から、食品の非破壊評価の研究を始めました。農学部の食品工学研究室に所属したことがきっかけです。元々は工学部の建築学科に進んだのですが、転籍したのです。粉川さんは学生時代、大学の漕艇部で活躍。4年生の時には全日本選手権のダブル(2人漕ぎ)で6位入賞、全日本大学ローイング選手権のクォード(4人漕ぎ)で8位に入った実績を持ちます。「転籍は、部活との両立ができそうだったからという理由が大きい(笑)。結果的に工学の知識も生かせた。 そのような消極的な理由でも、意外と理にかなった道に進むことが多いように思う」と振り返ります。

 さて、破壊評価の道具となるのが光です。紫外線から近赤外線までさまざまな波長の光を使い分け、物質による「吸収」「蛍光」「散乱」を計測することで、食品を破壊することなく、その成分や微細な構造を割り出していくのです。
 食品の成分分析では、有機溶媒などを使って成分を抽出する手法が一般的ですが、「食品を丸ごと調べることにこだわりたい」と粉川さんは話します。成分を抽出して調べる場合、その成分が100%抽出できるとは限りません。抽出過程で別の成分が壊れてしまうこともあります。非破壊評価なら、そうした心配は基本的にありません。食品を食べなくても、ありのままのおいしさを評価できる手法だと言えるでしょうか。
 また、一般的な成分分析では、処理に手間がかかる廃液が出ますが、非破壊評価なら廃液が出ることはありません。これに加えて、計測時間が短いことも大きなメリットです。


粉川准教授

蛍光指紋法の測定装置と粉川准教授

 粉川さんが最初に挑んだのが「蛍光指紋法(FF法)」の研究開発でした。
 「蛍光」は、物質が光を吸収し、そのエネルギーを光として再び放出する現象です。食品に含まれるタンパク質やポリフェノールなどには、この蛍光を発する性質があります。そして、物質の種類や照射する光が異なると、発せられる蛍光の波長や強さも異なります。食品にさまざまな波長の光を照射し、それぞれの波長に対応して出てくる蛍光を立体的に重ね合わせて分析すると、指紋のようなパターンが浮かび上がり、食品のどこにどのような成分があるのかが推定できるのです。

 かつて、台湾産のマンゴーを沖縄産と擬装した事件がありましたが、粉川さんたちはFF法を使い、マンゴーの産地を判別することに成功しています。
 また、昨年12月には、FF法と機械学習の手法を組み合わせ、スパイスの抽出液に含まれる有効成分(ポリフェノールやフラボノイド類など)の総量や抗酸化能などの特性を精密に測定する手法を開発し、論文発表しました。
 「散乱」は、物質に当った光が、その進行方向を変える現象です。粉川さんたちはリンゴやナシの果実にレーザー光を照射し、その散乱度合いを調べることで、果肉の硬さや食感を推定することにも成功しました。果肉の硬さや食感は、果肉に含まれる繊維成分などの微細構造が関係しています。微細構造が変化するにつれ、レーザー光の散乱度合も変化します。その関係を実験から捉えたのです。
 粉川さんたちは「吸収」「蛍光」「散乱」を組み合わせ、チーズの熟成過程を可視化する手法の開発にも取り組んでいます。
 チーズが熟成する過程では、乳に含まれているカゼインというタンパク質が分解されて遊離アミノ酸が生じます。また、乳脂肪が分解して遊離脂肪酸になると同時に脂質の酸化も進みます。さらに、遊離アミノ酸などから褐色の物質が生み出されるメイラード反応も起きます。FF法や近赤外線の吸収の変化などを組み合わせて、こうした変化を捉えるのです。さらに、レーザー散乱を使えば、硬さの変化も推定できます。
 これまでの研究が評価され、昨年は文部科学省科学技術?学術政策研究所(NISTEP)から、日本に元気を与えてくれる「ナイスステップな研究者2023」(計10人)の1人に選ばれました。粉川さんは「受賞は予想外でしたが、やってきたことが評価されたことはうれしい」と話します。まさに"旬"な研究者ですね。

粉川准教授

「ナイスステップな研究者」の選定証を手にする粉川准教授

 研究室の冷蔵庫にはチーズやリンゴ、バターなどが入っており、保管庫には米やパン、各種スパイスなどがおかれています。まるで料理店のようですが、もちろん、れっきとした研究対象の数々ということになります。
 現在は、顕微鏡とレーザー光を組み合わせ、対象物を千分の数ミリ単位の精度で計測していく手法の開発に挑んでいます。光を使った食品の非破壊評価では、対象に含まれる複数の成分の情報が混ざって出てくるため、どの成分がどこにどれだけあるかを決めづらいことが課題でした。新手法「空間的スペクトル分解法」が完成すれば、複数の成分情報を分離できるようになります。
 生体中に存在する分子を網羅的に解析する学問領域を「オミクス(omics)」と呼びます。遺伝子(gene)であればゲノミクス(genomics),タンパク質(protein)であればプロテオミクス(proteomics)といった具合です。
 粉川さんが目指しているのは、計測対象の光特性(スペクトル=spectrum)を網羅的に計測して評価する「スペクトロミクス(spectromics)」の確立です。光の「吸収」「蛍光」「散乱」を組み合わせたチーズの熟成過程の可視化も、スペクトロミクスの一例と言えるでしょう。そして、その先には「食品の成分分析表を、非破壊評価で作成できるようにしたい」という自身の夢の実現が待っています。

(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)


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