生物?環境

TSUKUBA FUTURE #130:ヘビの「生きざま」を理解する

澤田 聖人 助教

生命環境系 澤田 聖人 助教

 ヘビを見ると、怖いと感じる人が多いでしょう。ですが、澤田さんはこう言います。「ヘビを見かけたら、その場所は、多様な生物がいる豊かな環境があるのだと喜んでほしい」。ヘビは食物連鎖の上位に位置する捕食者で、餌となるさまざまな生き物を支える自然環境がなければ、生存することができないからです。

 では、多種類のヘビはどのようにすみ分けているのでしょうか。澤田さんは、佐渡島(新潟県)でのフィールド調査の末、その仕組みを明らかにしました。ヘビ類では、対象とする餌を重ならないようにすることが多種の共存に重要だとされてきましたが、活動場所や活動時間?時期の違いも、多種共存に重要な要素であることを実証したのです。

写真
採集したヘビの体長などを計測する澤田さん

 日本の本州には8種類のヘビが生息しています。佐渡島ではこのうち7種類(アオダイショウ、シマヘビ、ジムグリ、シロマダラ、ニホンマムシ、ヒバカリ、ヤマカガシ)がみられます。南西諸島を除く日本の島では最多です。佐渡島の面積は855km2(東京23区の約1.5倍)。生物多様性に富んだ自然が残っており、S字型をした島の北側には大佐渡山地、南側には小佐渡山地があり、その間に穀倉地帯の国仲平野が広がります。

 澤田さんは狗万app足彩,狗万滚球の大学院生だった2019~2023年の5年間にわたり、毎年3~7月と9~11月にかけて現地を訪れ、山地から低地、森林から水田まで幅広い環境でヘビを探し続けました。ヘビ類は冬眠するので、冬季は調査期間から除いています。ヘビを見つけたら網などを使って捕獲し、日時や位置情報を記録します。また、腹部を押して胃の内容物を吐き出させ、何を食べたかも確認した後に放しました。

 1回の調査時間は4~6時間で、調査日数は昼間が185日、夜間が80日でした。捕まえたヘビは計564匹にのぼりました。澤田さんは「ヘビが地面を滑るように移動する音が分るようになった。7種類のヘビを臭いで区別することもできますよ。ヤマカガシの目がかわいい」と笑顔で話します。

 さて、調査の結果、7種類のヘビの食性は3グループに分けられました。ネズミなどげっ歯類を主に食べるものがアオダイショウ、ジムグリ、ニホンマムシです。ヒバカリはミミズ類を主に食べ、シマヘビとヤマカガシはカエル類が主食でした。シロマダラの食性は不明でしたが、一般的には爬虫類を食べることが知られています。

写真
ヘビ出現時期と時間帯

 一方、活動場所は、主に低地に分布するもの(アオダイショウ、シマヘビ、ジムグリ、ヒバカリ、ヤマカガシ)と山地にも分布するもの(ニホンマムシ、シロマダラ)に分れました。活動時間帯は昼行性(アオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ)、夜行性(シロマダラ)、昼夜とも活動する周日行性(ジムグリ、ニホンマムシ、ヒバカリ)に分れました。また、活動季節については、春から秋にかけて広く活動するもの(アオダイショウ、シマヘビ、ジムグリ、ヤマカガシ)、主に夏に活動するもの(ニホンマムシ)、主に秋に活動するもの(ヒバカリ、シロマダラ)に分れました。

 これらのことから、食べるものの重複が大きい種同士は、活動場所や時期の重複を小さくしていることが浮かび上がったのです。例えば、げっ歯類を主な餌とするニホンマムシ、アオダイショウ、ジムグリでは、ニホンマムシだけが山間地を主な生息地としていました。アオダイショウとジムグリの生息地はいずれも主に低地で重なります。しかし、昼行性のアオダイショウに対して、ジムグリは周日行性でアオダイショウより秋によく活動するという傾向が見られました。また、シマヘビとヤマカガシは主な餌と活動場所、活動時間帯、季節が重なっていましたが、ヤマカガシの方が秋により活動する傾向が見られました。

 ある種がその個体群を維持することができる生活資源(環境要因や食物など)の範囲をニッチ(生態的地位)と呼びます。澤田さんの研究で、佐渡島のヘビは複数の資源(餌、活動時期?時間、場所)を他種と違える「多次元ニッチ分割」によって共存していることが明らかになったのです。澤田さんは自らの研究成果を次のように説明します。「当たり前のように思える結果だが、陸生のヘビについて、ニッチ分割を包括的に調べた研究はこれまでなかった。観察データからニッチ分割を実証できた意義は大きい」

 世界のヘビ類は各地で減少傾向にあることが報告されています。 生息地の減少などがその要因です。今回の調査結果を踏まえれば、ヘビ類の保全には、ニッチ分割を可能とする多様な生態系を守っていく必要があると言えるでしょう

写真
つくば市の宝篋山山麓で採取したアオダイショウの抜け殻を手にする研究室の学生たちと澤田さん。
抜け殻の全長は約2mで、最大級だという。

 さて、澤田さんが佐渡島でのヘビ類調査を始めたのは、毒ヘビのヤマカガシに興味をもったことがきっかけでした。日本の本土に生息するヤマカガシは、毒ガエルであるヒキガエルを食べ、その毒を頭の後ろ(頸部)に蓄積しています(頸腺毒と言います)。そして、イタチなどの天敵に襲われそうになると、頸部を相手に見せて威嚇し、いざとなれば毒を放出して身を守ります。しかし、佐渡島にヒキガエルは元々おらず、ヤマカガシも天敵に対する威嚇行動をしませんでした。ところが、1960年代にアズマヒキガエルが島に持ち込まれ、南西部に生息するようになりました。

 澤田さんは、ヒキガエルを食べた佐渡島のヤマカガシが頸腺毒を持つようになり、天敵を威嚇するようになるのではないかと考えました。そして、ヤマカガシの食性や行動を現地で調べることにしたのです。その調査が佐渡島に生息する7種類のヘビ全てを対象としたものに発展し、今回の成果につながったのです。

 ヤマカガシについての調査結果もまとまっており、アズマヒキガエルが侵入した地域のヤマカガシは頸腺毒を持つようになり、威嚇行動も示すようになっていました。一方、アズマヒキガエルが侵入していない地域のヤマカガシは頸腺毒を持たず、天敵に出会うと逃げようとする個体が多いことが確認できました。澤田さんは「ヤマカガシが頸腺毒を持ったことで、天敵がヤマカガシを避け、別の種類のヘビを狙うようになると、生態系のバランスが崩れる可能性がある」と指摘します。

 澤田さんは今後、ヘビ類のニッチ分割が、生態系の維持にどのような貢献をしているのかを解き明かしていく予定で、新たな成果の公表が待たれます。

(文責:サイエンスコミュニケーター)