生物?環境

TSUKUBA FRONTIER #049:ホルモン、自律神経、そして毒

丹羽 隆介 教授の写真

生存ダイナミクス研究センター(TARA) 教授
丹羽 隆介(にわ りゅうすけ)教授

PROFILE

1993年狗万app足彩,狗万滚球附属駒場高等学校卒業。
1997年京都大学理学部卒業。
2002年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。
京都大学、東京大学、イェール大学(米国)での博士研究員を経て、2008年大学院生命環境科学研究科助教として狗万app足彩,狗万滚球に着任。
2012年生命環境系准教授を経て、2019年生存ダイナミクス研究センター教授。2024年同センター長特別補佐。同年日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員兼任。専門は発生生物学、昆虫生理学、分子遺伝学。

ショウジョウバエと探る生物の相互作用の仕組み

生物は、個体内の細胞や臓器がうまく連動して生きています。個体同士も、コミュニケーションをとり、協力しながら種を維持しています。さらに、異なる種の生物も、物質の提供や交換などを通して、互いに共存を図っています。つまり生物界では、さまざまなレベルの協調のシステムが不可欠。交尾や寄生などの現象に注目し、臓器や個体の間で行われる物質のやりとりや、その作用のメカニズムを捉えつつ、生物たちの生きる様に迫ります。

生物は協調して生きている

 生物の体はたくさんの細胞や臓器で成り立っています。でもそれらは勝手に動いているわけではなく、協調し、全体として機能しています。それは、体内で分泌されたホルモンなどの物質や外界の情報を受け取った自律神経が発する何らかの指令が体の中を巡り、それを受け取った細胞や組織が適切に働く、という相互作用の集合ともいえます。一つの個体内だけでなく、同種や異種の個体間でも同じような相互作用があり、それによって生態系全体のバランスがうまく保たれているというわけです。こういった生物内や生物間の相互作用の仕組みを探るのが大きな研究テーマです。
 同種の個体間の相互作用がもたらす生命現象として注目しているのが生殖です。交尾をすると、メスはたくさん食べるようになったり、再度の交尾をしなくなったりします。これはメスの自発的な行動ではなく、実は、オスの精液に含まれている物質がメスの体内に入って起こす変化です。このように、個体同士も、さまざまな物質を介して協調しているのです。

最強のモデル生物「ショウジョウバエ」

最強のモデル生物「ショウジョウバエ」

 研究の対象としているのはショウジョウバエ。遺伝子やDNAが知られるよりも前、20世紀初頭にアメリカの生物学者モーガンによって、ショウジョウバエの眼の色の違いが染色体上の特定の部分に現れることが見いだされ、染色体上のどの番地に変異の原因があるかが分かるようになりました。この発見以降、研究用のモデル生物として、今も広く使われています。
 その上ショウジョウバエは、簡単な材料で作られる人工の餌で容易に育てることができ、一世代のライフサイクルも2週間ほどと短く、変異体も豊富なので、マウスなどと比べても、速く研究を進められるという利点があります。さらに、日本の京都をはじめ世界各地にストックセンターが作られており、膨大な変異型のデータベースも整備されて、必要に応じて取り寄せる仕組みができています。体長わずか数ミリ程度の小さな昆虫ですが、研究材料としては最強です。

寄生蜂から見える協調の不思議

 ショウジョウバエに寄生し、毒を注入して卵を産みつける蜂がいます。残酷なイメージですが、これは生態系の中で非常に重要な異種間の相互作用の一つと認識されています。この寄生蜂の毒の成分と作用について、最近新しい発見をしました。ショウジョウバエと同じくらいの小さな寄生蜂が持つ毒素のうちの2つの成分を同定し、これらが宿主を殺さない程度にその成長を抑え、代わりに自分の卵を成長させるメカニズムを明らかにしました。ただ、この寄生蜂は数百種類もの毒タンパク質を持っており、全容解明はまだ先です。
 自然界で、小さな、しかも系統的にかなり離れた昆虫同士が出会う確率はとても低そうです。でも実際に調査をしてみると、ショウジョウバエがいるところには、どこからともなく寄生蜂がやって来ます。こうした昆虫と寄生蜂の相互作用があってもなお、互いの種が維持されてきたと考えると、ますます不思議は募ります。

その先の生物学へ

 高校生の頃に読んだ、利根川 進 博士(1987年ノーベル生理学?医学賞受賞)へのインタビュー本を読んだこと、そして高校の先生の生物の授業の面白さに刺激され、生物学への興味がかき立てられました。その後、大学で受けた講義の影響もあり、遺伝学や発生生物学を本格的に志すようになりました。
 2008年に筑波大に着任して以来、「出されたご飯は美味しくいただく(=得られたデータを尊重し、研究の方向性を柔軟に変えていく)」をモットーに、多くのスタッフや学生、そして何万匹ものショウジョウバエと寄生蜂の力を得て、世界的に見ても特徴のある成果を発信し続けてきました。
 モーガンが築いたショウジョウバエ研究の基礎は、弟子たちによって発展を続け、自身もその系譜の中で7代目ぐらいにあたります。ショウジョウバエの飼育そのものに関する研究も進み、近年では、完全栄養食や、ロボティクスや機械学習を応用した自動行動解析装置なども開発されています。協調システムを突き詰めた先の、生物学の次のステージに向かって、ショウジョウバエとその寄生蜂との旅は続きます。

狗万app足彩,狗万滚球生存ダイナミクス研究センター(TARA) 丹羽プロジェクト(生理遺伝学研究)

丹羽プロジェクト(生理遺伝学研究)

時々刻々と変化する自然界の環境にさらされながら生きている生物は、環境の変化に応じて、個体を構成するさまざまな器官の間で、あるいは個体間や異種生物間で、神経やホルモンを介して複雑な情報交信を行い、その相互作用によって、それぞれの生命活動を制御?維持している。こうした相互作用のメカニズムとその意義の解明を目指し、モデル生物であるキイロショウジョウバエを主材料に用いて、生殖や寄生などに着目した研究を進めている。

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(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)

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