TSUKUBA FUTURE #018:感性に訴えかけるデザイン
芸術系 李 昇姫(イ スンヒ) 准教授
韓国生まれの李さんは、子供のころから絵を描くのが好きでした。なんとなく画家になることを考えて、韓国の梨花女子大学校造形芸術大学に進学しました。そこでモノを造るデザイナーという仕事を知り、大宇自動車(現在は韓国GM)に就職して車のデザイナーになりました。そのころデザインした車の基本コンセプトは、いまだに使われているそうです。しかし、まわりのデザイナーを見ていて、ふとした疑問が湧きました。車のデザインはかっこよければいいのか? ユーザーの使い勝手をもっと考えなくていいのか?その疑問を掘り下げるために、李さんは狗万app足彩,狗万滚球の大学院への留学を決意しました。
箱の中で二人が手をつないで人を持ち上げる椅子。
形態を工夫して体を使わせたり、触れ合わせたりするところがミソ。
李さんの問題意識は、「デザイナーの感性は、はたして消費者に伝わっているのか?」でした。この疑問に答えるためにはまず、人間の"感性"を解明しなければなりません。そこで関心はおのずと脳科学へも広がりました。磁気で脳の働きを透視するfMRI(機能的核磁気共鳴画像法)を用い、ペンの絵を見せて新しいペンのデザインを想像するときの脳の働きをモニターする実験を実施しました。すると、デザイン専攻の学生では、それ以外の学生に比べて、脳の中で記憶に関与する海馬の部分が活発に活動していることがわかりました。過去の記憶に照らし合わせて新しいモノを発想しようとしているのだと解釈されます。そこから生まれるものを"感性"と呼ぶなら、経験?学習を積むことで感性は磨かれることになります。
手を近づけると音が聞こえるスピーカ、
Sound Scope Headphoneの新しい展開。
それとは別に、脳波計を用いた実験もしました。何かをデザインする課題を出したときと、その他の活動をしている間の脳波を測定して比較したところ、デザイン行動時のα波、β波、θ波のバランスの良いパターンと合致する日常行動は3Dパズルの遊びだったといいます。手を使って複雑なパズルを解く行動が、創造的な行動と同じ活性を脳に与えていたのです。こうした研究成果から、感性を高めるデザインとは何かを考えるようになったといいます。その1つの結論は、携帯やリモコンなど、体を動かさなくてもよい装置は、使い手にとって必ずしも良いデザインではないのではないかというものでした。むしろ、わざと楽しく手を動かすようなデザインの方がクリエイティブになれるのではないか。触れられない情報を触れられるようにするデザインを目指すべきではないかというのです。つまり、感性?想像力を高めるには動きが見えるデザイン、形そのものが操作の仕方を見せるデザインであるべきで、体を動かさなくても使えるデザインは人間の脳の活性化にはあまり良くないデザインだというのです。
手に持つ「おにぎりマシン」の名付け親は保育園の子どもたち。
最軽量の携帯電話よりも軽い97グラムにこだわった。
働きながらの子育てを経験した李さんは、保育園に預けた娘さんと体験を共有する時間の少なさを残念に思っていました。そこで開発したのが「おにぎりマシン」です。これは心拍計と行動センサー、GPSとカメラとミニコンピュータが内蔵されている装着型デバイスで、子どもの心拍数と動きが一致しないとき(身体はじっとしているのに心臓はドキドキしているときなど)にカメラが作動して、映像を記録する装置です。IDとパスワードを入力して記録を取り出せば、親子で体験を共有できるという仕組み。これはシステム情報系講師の浜中雅俊さんと前医学医療系准教授の岩本義輝さんとの共同開発です。この装置は意外な展開を遂げ、巨大ショッピングモールでの迷子防止用や、徘徊高齢者の保護用などの実用実験に発展しつつあります。
協定校から短期留学している学生と英語による授業を行い、
グローバルコモンズ機構のStudent Commonsでの公開授業も行っている。
受講生の作品は、身体の動きからコミュニケーションを円滑にできる様々な新しい発想に満ちている。
李さんは、人間総合科学研究科大学院の感性認知脳科学専攻を担当しています。ここは芸術系、システム情報系、人間系、医学医療系の教員が集う異分野融合型の研究教育施設です。人は新しい体験をしているとき脳全体が活性化することが、fMRIの研究でわかっています。異分野の人と話すことは、"感性"を高め、新しい発想や見方を生みだします。その成果の1つが「おにぎりマシン」ですが、そのほかにも手をつながないと写らないカメラ、気になる楽器に視線を与えるとその楽器の音がより鮮明に聞こえるヘッドフォン(Sound Scope Headphones) 、二人で協力して人を持ち上げる椅子など、見てすぐ使える、使って楽しくなる作品が生まれています。まさに水を得た魚のように李さんの感性は全開です。
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター