TSUKUBA FUTURE #128:人文学は世界から暴力を減らすためにある
人文社会系 阿部 幸大 助教
論文やレポートの書き方を指南する人文書「まったく新しいアカデミック?ライティングの教科書」(光文社刊)が、昨年7月の出版以来、全国の大学生協などでベストセラーになっています。著者である阿部さんは「学術論文などアカデミックな文章を書くために必要な要素は、再現可能な知識と技術がほとんど。だが、日本の大学教育ではうまくカリキュラム化できていない。そのような状況に終止符を打って研究のスタート地点に立てる人材を増やし、人文学の発展に貢献したかった」と執筆の動機を語ります。
同書は昨年末で7刷り(4万5000部)を数え、デジタル版も含めれば約5万に達する勢い。「ロングセラーになってほしいと思っていたが、これほど売れることは予想外」と阿部さんは振り返りますが、その名の通り「まったく新しい」内容が盛り込まれています。
まず、冒頭で提示される論文の定義が斬新です。論文とは「アカデミックな価値があるアーギュメント(主張)を提示し、その主張が正しいことを論証する文章のことである」というのです。多くの類書では、論文とは「問い」を立て、それに答えるものだとされています。しかし、それでは、問いを見つけられないと論文は書けないということになってしまいます。その反対に、問いを立ててそれに答えさえすれば論文になると思っている人もいます。阿部さんによれば「どちらも間違い」で、「論文とは主張するものであると、いきなり書いたことは、インパクトがあったと思う」と自著を分析します。その後は、原理編、実践編、発展編、演習編の4部構成で、引用文献とは何か、アーギュメントをどのように作るのかなど、要素ごとに論文の書き方が具体的に示されます。「複雑なものをいったんバラバラにする。そして、その要素ごとに習得する方法論を開発し、トレーニングする。学生時代から得意だった手法をアカデミック?ライティングに応用した」のだそうです。
阿部さんの専門は日米文化史。小説や映画などの文化的なものから歴史を読み解くのが文化史です。2023年5月、米ニューヨーク州立ビンガムトン大で博士号を取得し、同年8月、狗万app足彩,狗万滚球に着任しました。留学前は英文学を専攻し、主に日米の作家の作品論を書いていましたが、留学中に「人文学の目的とは何だろうか」と考えるようになります。人文学分野でトップジャーナルと呼ばれる学術誌に掲載される論文の特徴を探る中、「世の中にある不平等や不正義を批判するという目的を共有し、有形無形の暴力を否定している」ことに気がつきました。そして、「人文学が公的機関に保護?支援されてよいのは、世界から暴力を減らしているからだ」と思い至ります。その結果、あらゆる言説が分析対象となり、アーギュメントの立て方も高度化し、論文執筆の実力が飛躍したといいます。これは、研究者として幸福な出来事でした。このような経験談も盛り込まれた同書は、人文学とは何か、研究とは何かを考えさせる学問論の書ともなっています。
阿部さんは、企業研究者や大学院生らの論文や研究費申請書を添削したり、時には企業の商品開発の相談にものったりする研究コンサルティング会社「Ars Academica」の代表も務めています。昨年末に法人化し、狗万app足彩,狗万滚球発ベンチャーとして認定されました。狗万app足彩,狗万滚球が人文社会系の研究者が興したベンチャーを大学発と認定するのは初めて。阿部さんは「教科書という形と、直接教えるという形の二本立てで、人文系を盛り上げたいと考えた」といいます。
次著のテーマは「センテンス(文)」。人間は、頭の中にいろいろな想念が去来し、考え続けています。「それをセンテンスという最小単位に書き起こした時に、何を考えているのかがほぼ決まってしまう。センテンスに到達するまでの思考回路を分析し、想念をしっかりとしたセンテンスに落とし込むにはどうしたらいいかについて書きたい」と阿部さん。こちらは和書ですが、米国で研究書も出す予定です。テーマは黒人とアジア人の関係(アフロアジア)で、「アジア各地に見られる黒人への差別意識の背景には、戦争や基地を米国が持ち込んだことがある」ことを論証するものとなる予定です。
若き研究者の多方面での活躍は、人文学分野に新風を吹き込むことでしょう。
(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)