TSUKUBA FUTURE #061:磁気で測る
数理物質系 寺田 康彦(てらだ やすひこ) 准教授
個々の水素原子は、核スピンという現象により、小さな磁石のような性質をもっています。しかし、たくさんの原子が集まった状態では、個々の核スピンの向きはばらばらなため、全体としては磁石の性質が消えています。そこに強い磁場をかけると、それに反応(共鳴)して、スピンの向きがそろい、磁石の性質(磁化)が復活します(核磁気共鳴現象NMR)。その信号を測定すれば、水分量が異なる組織を見分けることができるというのが、MRI(核磁気共鳴画像法)装置の原理です。これを開発したアメリカとイギリスの研究者は2003年にノーベル医学生理学賞に輝きました。この装置が医学、それも特に脳科学の研究を変えたからです。
病院に置かれたMRI装置は、人体をすっぽり収納するようなトンネル状の大きな装置(ガントリー)です。もっとコンパクトに、機動的にできないものだろうか。思わずひらめいた狗万app足彩,狗万滚球の巨瀬(こせ)勝美教授は、電磁石ではなく永久磁石を用いることで、1998年に世界初の永久磁石式コンパクトMRIの開発に成功しました。それ以来、改良を進めると同時に、持ち運び可能なモバイルMRIの開発などを進め、人体の一部はもちろん、小動物、植物、生体試料、食品、材料、流体など、さまざまなものの画像化にチャレンジしてきました。博士研究員として隣の研究室で走査トンネル顕微鏡の開発研究をしていた寺田さんは、巨瀬さんに誘われ、2008年にMRIの世界に参入しました。もともとモノづくりと計測が好きだった寺田さんは、巨瀬研究室の水に合い、まさに水を得た魚のように泳ぎ出しました。
研究装置のハイテク化、大型化が進む昨今、MRIは手作りした装置を研究に使えるという、今どき珍しい貴重なツールです。撮像時間が長い、分解能が低いという弱点はあるものの、光学顕微鏡では見られないものが見られるという強みがあります。そのMRIにはさまざまな技術が使われており、いろいろな広がりもあるとのこと。測りたいものに合わせた装置を設計し、コイルを巻き、組み立てます。小さい装置の方が磁場を調節しやすいものの、製作の難度は高くなるそうです。大学病院の整形外科との共同研究では、子供の手の骨の骨年齢を測定するための装置を開発しました。低身長症の早期診断に役立てるためです。X線撮影は、小さな子供にとっては被曝の影響が心配です。かといって病院にあるMRI装置では、華奢な骨の精度の高い画像を得るには大きすぎます。植物の研究者との共同研究では、イネの地下茎の成長を測定したり、果樹の健康度測定などを手掛けてきました。樹木が水を吸い上げる導通状態を測定することが、梨の萎縮病の診断を可能にするのです。
ケヤキの幹を挟む状態で設置した、磁場強度0.2T(テスラ)のコンパクトMRI。
雨風から守るために、磁石にアクリルボックスを被せ(左)、
その上からビニールシートを被せている(右)。
装置の開発だけですべてが解決するわけではありません。コイルで発生させた磁場で測定した結果は、やはりコイルで受信します。そうやって得られた信号波形のデータを解析することで、画像として出力させます。それを全部一人でこなせる学生もまれにいますが、たいていは、計測好き、工作好き、プログラミング好きなど、それぞれ得意な分野があります。そうした得手不得手を見極め、研究テーマを相談します。2016年3月には、大学院生の長田晃佳君のがんばりで、自然条件下で生育する樹木の樹液の流れの可視化に世界で初めて成功しました。屋外樹木測定用のコンパクトMRIを開発し、屋外に生えているケヤキの樹液の流れを可視化したのです。樹液の流れを連続してイメージングすることで、昼と夜、落葉の前と後では樹液の流れが大きく変化していることが確認できました。ただし物理屋の仕事はここで終わります。あとは、たとえば植物生理学者の仕事になります。
ケヤキ主幹断面の1ピクセル画素当たりの樹液の体積流(単位時間当たりの流量)分布の画像。
組み立てた装置の試運転には、たとえばスーパーから買ってきた果物を使ったりします。NHKの人気番組「ためしてガッテン」の依頼で、おにぎりやステーキ肉の水分を測定したこともあります。結晶のX線解析から地震の研究までこなし、「天災は忘れた頃来たる」などの名言も残した明治生まれの物理学者、寺田寅彦(1878?1935)は、尺八の音響学で博士号を取得し、弾丸の飛行を特殊な方法で撮影したり、金平糖の角のでき方についての考察などもしていました。その寅彦を曽祖父にもつ寺田康彦さんにも、そんな物理屋の好奇心の血が流れているようです。
屋外での樹液流量測定という快挙を達成したコンビ。
大学院生の長田君(左)との記者会見会場でのツーショット。
手に掲げたのは、投稿論文が表紙の写真に採用された国際的な学術誌。(撮影:巨瀬勝美教授)
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター